ひまじんのブログ

人間関係・お金の事、日々の暮らしで感じる疑問について書いていきます。

空気を読めと言われてしまうことがあっても、気にしたくない。

 今日も長い1日がやっと終わる。

今日は職場の飲み会のお店の予約をしておくようにとの指令を受けた。

空気を読んでいるつもりでも空気を読めと言われる自分に、

お店の選定から予約までの大役は荷が重すぎるのではないだろうか。

 

もっと適役が至る所に潜んでますよ、自分に任せちゃって本当に大丈夫ですか。

そんな想いはぐぐっと飲み込んで、二つ返事で「はい、わかりました」と言ってしまうのは、日本人の奥ゆかしさとでも言うのだろうか。

 

 

でもよくよく考えてみると、指令を受ける直前に変な視線を感じたような気がする。

いやいや、きっと気のせいだ、そう自分に言い聞かせたい。

 

もしかすると、視線から空気を読めということだったのかもしれない。

 

視線の交わりから相手の気持ちが分かるなんて美味しい話はあるのだろうか。

 

どうやら会話の最中に視線を合わせる回数や時間は、その時の感情や本人の性格、相手との関係性に影響されるらしい。

言われみればその通りなのかもしれない。

 

⑴相手が視線をそらさずにじっと見てきた時

目線を合わせるのが苦手な人が比較的多い日本人にとって、視線をそらさない事は逆に不自然なことが多い。

相手はあなたに警戒心や挑戦的な感情を抱いている可能性がある。

 

⑵相手がまったく視線を合わせてこない時

視線を合わせてこない場合はそもそもあなたに興味がない。

いや、きっと話自体に興味がないだけだ。

どちらにしても早々に話を切り上げ、メンタルがやられるのだけは防ぎたい。

 

⑶結局会話の最中のベストな視線の交わり方って何なの

目線を合わせるのが苦手な人が多い日本人。

しかし、全然目線を合わせてくれないのも大問題。

というわけで、理想の目線の交わり方は、

適度にそらしながらも目線をちゃんと合わせてくれる状態。

 

こういう目線の交わり方をする時は、空気など読む必要ないのかもしれない。

 

空気なんて目に見えないものに自分のペースを支配されるくらいなら、

相手の視線を読むことに集中する方が生きやすいのかもしれない。

 

というわけで、今日はこの辺で。