ひまじんのブログ

人間関係・お金の事、日々の暮らしで感じる疑問について書いていきます。

口数は多い方ではないという人にこそオススメ。明日から出来る簡単、会話の突破口。

 

 

 「聞き上手」になるための、誰にでも簡単に始められる技術。そんな都合のいいものが果たしてあるのだろうか。そんなことを考えているうちに、気づけば今日もいつもと同じ自分の座席に座っていた。

 

 今日は話が盛り上がっている人たちの所を観察してみることにする。すると聞き耳を立てていただけではない情報が飛び込んでくる。それは話し相手の表情や仕草だ。声は楽しそうにしていても、見るからにめんどくさそうな表情、早く話を切り上げたいような仕草をとっている。

 

 しかし、話をしている方はその様子に気づいていないのか、自分のペースで一方的に話し続けている。せっかく話していてもお互いが楽しめない会話とは、なんとも窮屈だなとなんともいたたまれない気持ちになる。

 

 いや、待てよ。これは話の内容や話題性以外にも、注目すべきポイントがあり、会話をしている最中には相手の表情や仕草から様々なことが分かるということではないのだろうか。

 

 しかも観察することは話すことが得意でなくても始められる。相づち一つ打つにしても、なんとなくとりあえずするよりも、相手の反応状態をしっかり観察してからする相づちの方が、良いに違いない。自分の話をしっかり聞いてくれた上で相づちをしてくれていると感じさせられれば、きっと相手は進んで色々な話をしてくれるはずである。

 

 相手に気分良く話してもらうのが目的ではないが、相手の話を引き出し、さらには相手の良いところを引き出すきっかけになりうるのではないだろうか。相手の反応から様々なことを推測して、相手に配慮した会話を展開する、聞く側にとってだけでなく話す側にとっても非常に大切な技術の一つであるように感じる。

 

 「観察する」ことを突破口に、聞き上手への第一歩を歩み始める事にしよう。

 

次回

「観察する」だけで終わって良いの?!

面白い話をするのは得意ではない、でも、楽しく会話がしたいそんなあなたに。

 

 

 話し上手は聞き上手とは耳にするが、結局そいつの正体は何者なんだと悶々としていると、昼食の時間がやってきた。

 

 自分から面白い話を展開できる人ならば、抽象的な概念であろう「聞き上手」さんのことを考えながら昼食を食べなくて済んだはずだ。しかし、なんとしても「聞き上手」への道筋だけでも見つけなくてはならない。「聞き上手」は、口下手な自分にとって最大の武器になりうる可能性を秘めている。

 

 しかし、いくら考えても答えは出そうにない。やはり選ばれし人にのみ許された、ある意味才能的なものなのだろうかと、心が折れそうになる。

 

 考えてダメならもう一度周りを観察してみる事にしよう。何かヒントは隠されていないだろうか。見れば見るほど、聞けば聞くほど分からなくなってくる。それほどまでにスムーズに相手の話を聞きだしている。

 

 もしかすると「相手の話を聞き出す」いや「引き出す」という事に注目してみるのが良いのかもしれない。相手の話を引き出す事に注目してみても、次はどうやって相手の話を引き出せば良いのかという疑問にぶつかる。

 

 相づちに磨きをかけるしかないのか。しかし自分でもわかる、ただ相手のペースに話を合わせているだけでは相手の話を引き出せるはずがない。それどころか、常に会話の中で後手に回り続けて負担になるにちがいない。

 

 そんなことを考えているうちに1日が終わり、帰路につく。聞き上手への道は諦めるしかないのか、口下手は会話を楽しむことすら出来ないのか。いや、そんなことはない、何か方法はあるはずだ。

 

 なぜか湧いてくる根拠のない自信とやる気。「聞き上手」という武器を身につけるための、新しい武器。なんだか矛盾を感じるが、今度は「聞き上手」になるための新しい武器を探してみようと思う。

 

次回

「誰でもすぐに始められる武器見つかる?!」

 

 

 

 

 

 

人間関係が息苦しい。深呼吸をしたくなった時に。

 

 休みがあっという間に過ぎ去り、憂鬱になりながら日常に戻る。今日もいつもと同じホームで電車を待ち、満員電車に押し込められながら目的地へと向かう。

 

次の休みはいつやって来るのだろうか。

1週間後の休みが遠い。

遠い未来に儚い希望を抱きながら電車の広告に目を向ける。

 

するとどうだろうか、「人間関係につまづくあなたに」というような今時珍しくもないキャッチフレーズを掲げる自己啓発本の宣伝に、なぜか目が留まる。

 

人間関係に悩みを抱えているのだろうか。

それほどまでに日常に戻りたくないのかと自分に問いかけたくなる。

 

そんなことを考えているうちに電車の扉が開く。雪崩のように電車の中から人が溢れていく。その流れに身を任せ電車を降りる。

 

駅の改札から出て目的地へと向かう間も、なぜか「人間関係」というキーワードが頭の中をグルグル駆け回っている。

 

ようやく自分の席に辿り着き、今日の準備を始める。すると周りが騒がしい事に気がつく。なるほど、どうやら各々が新年の挨拶回りをしているらしい。この流れに自分も便乗し、挨拶回りを早々に終わらせ席に戻る。

 

朝から良い仕事をしたなと、一息つくついでに周りの様子を観察してみる事にする。話が盛り上がっている人たちもいれば、見るからに社交辞令の人達もいる。

 

話が盛り上がっている人たちに聞き耳を立てていると、気づいたことがある。特に話が上手い訳ではないのに、なぜか盛り上がっている。これが「聞き上手」というやつなのかとツッコミを入れながらも、羨ましいと感じるのも事実である。

 

電車の広告で目にした「人間関係」。「聞き上手」を目指せば、この現代社会の悩みの種に立ち向かえるのではないだろうか。

 

 

ひとまず今日はこの辺で。